なぜ「柔道」の名称が付くのか

柔道整復術は、江戸時代に発達した接骨術の伝統が基礎となっています。その接骨術を日本古来の武道である柔術(柔道)が今日に至り守り伝えてきました。接骨術と柔術が密接な関係性を持つと言うのは江戸時代、寛永2(1625)年に拳法の大家である陳元贇(チンゲンピン)が門弟に「接骨術と柔術を教授した」という記録があります。その後陳元贇に教授を受けた者たちが研究と改良を重ねて独自の柔術と整骨術を編み出し、百三十余の流派を形成する日本柔術の源流を作って行ったのです。(出典「大日本百科事典」。ただし諸説あり。)

そもそも古代日本の医療は、祈祷(きとう)などによる呪術(じゅじゅつ)的な医療や経験的な治療行為を行っていました。時代が流れ朝鮮半島から朝鮮医学が流入し、奈良時代になると仏教伝来と共にインド医学が。更に平安時代には遣唐使から唐の医学がもたらされて、次第に日本独自の医療を形作っていきます。日本の医療史で「接骨」に関する職業が記録として初めて登場するのは大和朝廷時代です。701年に制定された大宝律令の中に日本で最初の医療制度に当たる「医疾令(いしつりょう)」が定められ、ここに「按摩」という職名が骨・関節損傷を取り扱う専門職として登場しました。

また平安時代の古文書には「養老2(718)年にはすでに折傷の治療にあたる」、「奈良朝には按摩技師等の制度があった」、「円融(えんゆう)天皇の御代に接骨博士(接骨師で特に優秀な者)数名あり。各自特有の手法を持って正骨(整骨)し」といった記載があります。既にこの頃から「接骨」や「正骨(整骨)」といった名称が存在していた事がわかります。平安時代中期(984年)に宮中医官を務めた鍼博士・丹波康頼が著した、現存する日本最古の総合医学書「医心方(いしんぽう)」の第18巻に脱臼、骨折、打撲、創傷の治療法についての記載があります。

平安時代後期以降では豪族による戦乱の時代を迎え、兵馬の訓練や戦闘により負傷者が続出します。この負傷を回復させる軍事的必要性から「金創医(きんそうい)」と呼ばれる豪族専属の外科医が誕生しました。彼らは身分や待遇を維持するために治療技術を一子相伝として後世に伝えました。

戦国時代の書物には「殺法」、「活法」に関する記述が有り、殺法は武技そのものですが時代と共に武芸や精神修養の手段として発展します。活法は傷ついた者の手当てであり「接骨、正(整)骨」、「骨継療治」等の接骨術の源になりました。日本柔術の流派の多くは「殺法」(柔術)と「活法」(整骨術)の両方を持ち合わせていて、このことが柔術をその源流とする「柔道」と接骨術を基盤とした「柔道整復術」とを結びつける基となっています。元々は同じ「柔術」なのです。

話を江戸時代に戻すと、接骨業が隆盛を極めた江戸後期から明治時代を通して接骨術を行っていたのは、町の道場で柔術を教える柔道家たちでした。彼らは柔術の普及と伝承の傍ら、道場経営のため接骨業を副業としていました。しかし明治になり西洋医学の採用を明文化した法令「醫(医)制」が明治7(1874)年に文部省により制定されて、従来の接骨業は徐々に隅に追いやられていきます。明治16(1883)年の「醫師免許規制」により接骨科医は医師として統合されて、明治39(1906)年の「醫師法」、「歯科醫師法」によって正式の医師免許を持った者以外の医療行為は禁止され、免許を持たない接骨業者の医師法違反の検挙が各地で頻繁に起こりました。

接骨業が消滅の危機の中、各流派の柔道家が協力し、近代柔道の生みの親である講道館館長・嘉納治五郎の賛助を得て、大正9(1920)年に法律が一部改正され「柔道整復術」の名称と業務が法律に明記。法的根拠を得ることが出来ました。当初は「柔道接骨術」の名前でしたが、内務省が認めず「柔道整復術」に変更しました

元々、柔道整復術は柔道において高い技量を持つ者がその技術を持っていました。つまり柔道と柔道整復術は切っても切れない関係性だったと言えます。大正9(1920年)の「按摩術営業取締規則」では「医師または柔道整復師のもとで柔道の教授をなす者であって、4年以上臨床実習をした者」に受験資格が与えられていました。「柔道の教授をなす者」となると受験資格を得るだけでもかなり狭き門であったことでしょう。それが50年後の昭和45(1970)年制定の「柔道整復師法」では「柔道の素養」に変更されました。

今、柔道整復科に入学してくる学生は柔道未経験者が多いそうです。もちろんカリキュラムとして実技の授業で投げ技、抑え技、受け身など柔道の一通りを学びますが、試合をするよりも社会人・医療人として必要な人格形成と礼儀を覚える事に重点が置かれています。どうやら今日では柔道家のためだけの柔道整復師ではなくなっているようです。ですがその精神は長い歴史の中を脈々と受け継がれ、日本の伝統医療のひとつとして今後も変わることはないでしょう。


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