志は千里を走るか

家に老犬がいる。もう16歳。人間で言うと80歳を超えているらしい。なるほど、何をしてもすぐ疲れてしまうらしく、食事と用足しとしばしの休息の外はほぼ寝ている。

娘にせがまれて家族になったメスの柴犬は、生まれて3ヶ月で我が家にやってきた。「絶対に最後まで面倒をみるから」と啖呵を切って、涙を流して迎い入れた当時小学生だった娘は確かに15年以上中心となって世話をしてきたが、遠い嫁ぎ先のマンションではペット禁止だと盆暮れに飛んで帰ってきては抱きしめている。

…と言う事で今は盆暮れ以外は自分が面倒を見ている。妻が旅立って5年。そろそろ自由気ままな一人旅でもと思っても、老犬の事を考えると近場に2時間の小旅行が限度だ。それ程、ペットを飼うには責任と覚悟が必要なのである。心配でひとりにしておけないのだ。

小さな生き物の可愛さがあるので、寝ている姿を見ていても飽きはしない。イビキをかいたり、妙な格好で寝ていたり中々忙しそうだ。時には夢の中で昔よく行っていたドッグランを走り回っているのか、空走りをする時もある。現実でも自由に走り回りたいのかな。何だか切なくなる。自分もそのうち…と考えてしまうのは少し辛い。

三国志の豪傑に曹操という人物がいる。曹操の作った詩にこんなものを見つけた。

「老騎、櫪(れき)に伏すも、志、千里にあり。」

駿馬は老いて廓に繋がれていても、心は千里の彼方に馳せている。という意味なので、「まさに家の老犬も心の中で走り回っているのだろうな」と帰郷した娘と笑いながら話し合っていたのだが、ある時この詩には続きがある事に気づいた。

「烈士暮年、壮心、已まず」

…それと同じように、晩年を迎えてもやってやろうという志を失わないのが男らしい男と言うものだ、という事らしい。ああ、そういう詩だったのかと何となく曹操に興味を持ち、調べてみた。家柄に恵まれていたわけではない。しかし見る見るうちに群雄割拠を勝ち上がり、魏王朝の基礎を築いた。孫子の兵法を徹底的に研究し、それを忠実に実践に生かしていたのである。

陽明学で「事上磨錬(じじょうまれん)」と言う教えが有る。机に座って座学をしているだけではなく毎日の生活や仕事の中で修養せよという事だ。人の上に立つには常に問題意識を持ち、意欲を燃やして仕事にぶつかって行く。そういう前向きな姿勢、やる気が必要なのだ。

曹操は六十数年の生涯に亘り、終始やってやろうという気持ちを持ち続けて事に当たった。その積極的な姿勢と実践が、曹操こそ三国志の最大の傑物と言われている理由だろう。

現代は先の読みにくい時代だと言われている。だが何時の時代であってもそれは言える事だ。乱世の時代など明日の事でさえ分からなかったであろう。ある意味、今の方がある程度の予測がつきやすい時代なのかも知れない。老犬の世話もあるし、もうひと頑張りしてみるか。妻と再会した時に「あら、ますます素敵になったわね。」と喜んでもらえるように。


著者:ティラーズ運営事務局

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